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ラオスにいったい何があるというんですか? / 村上 春樹
2016年07月24日 (日) | 編集 |
ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集
ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集村上 春樹

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村上春樹氏の紀行文集。

この本を読んでいる途中で読みはじめた
角田光代さんの旅行記があまりに対照的で
面白かったので、読まずに返しちゃおうかと
思ったのですが、せっかく図書館で半年も
待ったのだから、と最初から読んでみたら、
結構面白かったです。
(長い前置き^^;)

いつも風が吹いている荒涼としたアイスランドの
風景が見たくなりました。
フィンランドやNYやボストンの方が旅行先候補
としては上の方になりそうですが。
うーん、行ってみたい、と思っても、
それだけではなにか弱くて、実際には他の
無難な?ところに行ってしまうって。。
保守的ってことでしょうか?

以下引用と一言メモ。

レストランに入ると、いちいちメニューを見る必要もなく、「今日の魚定食ね」と頼むだけでいい。
P34
@アイスランド
クロアチアのレストランで他の人が「オススメはなに?」って聞いていたので、なるほど、と次のレストランで「オススメは?」って聞いてみたのですが、「何が好きかわからないよ」って言われたんですけど(汗)
「定食」っていうのもいいですね。

そんなはぐれ子パフィンを、町の子供たちがせっせと拾い集め、段ボール箱に入れ、家につれてかえって食事を与え、朝になると海岸にもっていって、風に乗せてはなしてやるのだ。
P40
@アイスランド

「東京都葛西の臨海公園にある水族館が開館したとき、ここの島からパフィンをもっていったんだ。あそこにいるパフィンたちは、この島のパフィンなんだよ。
P43
行ってみよう。

それらの風景は、写真に撮ることさえはばかられた。そこにある美しさは、写真のフレームにはとても収まりきらない種類のものだったからだ。
P54
風が吹きすさぶ荒涼とした風景、って好きです。

アイスランドの人と話していると、「三宅島の方は本当にお気の毒ですね」と言われた。たぶん三宅島の人々の身の上が、遠く離れていても、切実に感じられるのだろう。火山国には火山国の、共通したメンタリティーみたいなものがあるような気がする。
 温泉としていちばん有名なのは、レイキャビクから車で一時間弱の距離にある「ブルー・ラグーン」で、ここは本当に、冗談抜きででかい。小さな湖くらいの広さのある温泉に水着を着て入るのだけれど、まったく見渡すかぎりの温泉である。
P57
湖のような温泉!いいなあ。写真もきれいで気持ちよさそうです。

ポートランドで僕が個人的に気に入ったのは、ダウンタウンにあるヒースマン・ホテルのレストラン。親しくしている作家のポール・セローが、この店を僕に推奨してくれた。
P69
@オレゴン州ポートランド。

もしあなたが本好きなら、全米でいちばんの規模を誇る独立系書店「パウエル」で、半日ばかり至福の時を送ることができるだろう。
P73
@オレゴン州ポートランド。

彼女はその波瀾万丈の半生を語った『アライブ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』という著書を数年毎に出版した。この本をさっそく読んでみたのだけれど、とても面白くて、ロレインさんに是非会ってみたくなった。
P118

「ヴィレッジ・ヴァンガード」「バードランド」「スモーク」と四日間ニューヨークに滞在して、ジャズのライブを毎晩聴きまくった。
P126

もちろん何もかもがすべてとんとんと順調に進んだわけではない。「旅先で何もかもがうまく行ったら、それは旅行じゃない」というのが僕の哲学(みたいなもの)である。
P132

この楽器は彼の五十歳の誕生日に、友人一同からプレゼントされたものであるということだ。それまで彼は古いアップライト・ピアノを使って仕事をしていた。アップライト・ピアノが好きだったからではなく、グランド・ピアノを買う経済的余裕がなかったからだ。
P137
シベリウス、アップライト・ピアノで作曲を!

ちなみにフィンランドが正式な独立国家として成立したのはロシア革命後、1917年のことである。そしてシベリウスは新生フィンランドの顔のような存在になっていた。
P138

実をいうと、フィンランド語が一般的に使用されるようになったのは比較的近年のことだ。19世紀まではスウェーデン語がフィンランドの公用語として使われていた。フィンランド全体がスウェーデンの文化的支配下にあったからだ。
P140
ムーミンもスウェーデン語で書かれているそうですしね。

僕の本を担当してくれている編集者も、7月に四週間ほどの休暇をとり、つい先週職場復帰したばかりだという。(中略)多くのヘルシンキ市民は郊外にサマーハウスをもっていて、夏になると長く休暇をとり、都会を離れ、自然の中でのんびりと身体を休める。
P141
いいなー。「多崎つくる・・」にもサマーハウス出てきますよね。

ヘルシンキ港の中の島に作られた動物園も楽しかった。島ひとつがそのまま動物園になっているという、けっこうユニークな動物園です。
P146

仏教信仰の盛んなラオスの中にあっても、ルアンプラバンはとりわけ信仰心の篤い街だ。毎朝、朝の五時前から僧侶たちは托鉢に出る。人々は餅米ご飯(カオ・ニャオという)を竹で編んだおひつ(ティップ・カオという)に入れ、道ばたに座って、一人ひとりの僧侶にひとつかみずつ順番に寄進する。一般人は托鉢中の僧侶たちより高い位置にいてはならないし、目をあわせてもならない(中略)。道ばたにきちんと正座し、下から恭しく差し出さなくてはならない。それが大事な礼儀だ。
P154
春樹氏も寄進して「そこにある土着の力みたいなものを、その本物さを、不思議なくらい強く肌身にかんじることになった。」とのこと。

宗教家はよく「たとえ形だけの真似事でも、実際に続けているとそれはいつか本物にある」みたいなことを言うけど、たしかにそういうところはあるかもしれない。
P156

そしてよく探せば、その中にはどうしてはかわからないが、僕と個人的に結びついている(としか見えない)ものがちゃんと存在しているのだ。そして僕は自分自身のかけらみたいなものを、そこで――余った時間と自前の想像力をもって――ちょっとずつ拾い集めていくことができる。なんだか不思議な気がする。世界というのはとてつもなく広いはずなのに、同時にまた、足で歩いてまわれるくらいこぢんまりとした場所でもあるのだ。
P169

そのようにストックされた物語を前提としてコミュニティーができあがり、人々がしっかり地縁的に結びつけられているということが。
「宗教」というものを定義するのはずいぶんむずかしいことになるが、そのように固有の「物語性」が世界認識のための枠組みとなって機能するということも、宗教に与えられたひとつの基本的な役割と言えるだろう。当たり前のことだが、物語を持たない宗教は存在しない。そしてそれは(そもそもは)目的や、仲介者の「解釈」を必要としない純粋な物語であるべきなのだ。なぜなら宗教というものは、規範や思惟の源泉であるのと同時に、いやそれ以前に、物語の(言い換えれば流動するイメージの)共有行為として自生的に存在したはずのものなのだから。つまりそれが自然に、無条件に人々に共有されるということが、魂のためになにより大事なのだから。
P170
物語を共有することが人々を繋げることだとすると、ハリウッドがせっせか物語を量産しているのは世界を繋げる役を担っているってことで、喜ばしいこと?なのか?アメリカの価値観の広報と思っていたけど。

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