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【和書】約束された場所で―underground 2 / 村上春樹
2016年05月14日 (土) | 編集 |
約束された場所で―underground 2 (文春文庫)
約束された場所で―underground 2 (文春文庫)村上 春樹

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先日読んだ「村上さんのところ」に
河合隼雄さんとの対談がこちらの本に
掲載されている、とあったので、
読んでみました。

最初対談だけ読むつもりでしたが、
元orこの時点で現オウム信者のインタビューも
興味深く、読んでしまいました。

対談だけ読んだときは、
ふむふむ、と付箋を張りまくっていたのですが、
インタビューを読んでから対談をぱらぱら
再読すると、直接インタビューしてきた村上さんと
河合さんとの温度差が気になってしまいました。

それほどインタビュー部分のそれぞれの人が
経験することになった事実がリアルに
迫ってきました。

インタビューを受けている人の思考が
特に破綻していたり、極端に頑なだったり
するわけではなく、大変正直で
理解できるものであるため、

あちら側に行ってしまう人も
こちらで留まる人も同じ人間で
環境によって誰にでも可能性はある、
と思う一方、

特に若いときは人生について深く考え、
宗教的なものを求める気持ちを持つことは
どの人にも多かれ少なかれあるが、
かなり強く求める人も人口の中に一定数あって

たとえば一学年に2%ぐらい、そういう資質を
持つ人が、この時期突然出現したカルトに取り込まれて
しまった、ということなのかと思ったり。

東西冷戦が終結してハルマゲドンのブーム?に
さらされた子供時代を経た若者がいた時代だから
そういうカルトが生まれる素地があった、
ということも言われていましたが。

日本の社会は、常識や世間といった暗黙知で
動いているので、
宗教というと、それらを超えた極端な思考、行動が
強いられるかもしれない、ということで
生理的に拒否感を持つ人が多いような気がするのですが、

それは年をとった、ということなのでしょうかね。

ある一点に求心して極端に団結した集団と
それが起こした犯罪、または極端な行為と、
総括という点からいうと、北朝鮮や
第二次世界大戦中のドイツや日本について、
原理的宗教と殺人という問題では、
イスラムのテロについて想起させられました。

◆以下引用

だから何か疑問が頭に浮かんでも、悪いことは全部自分の汚れ。逆に良いことがあると、「これはグルのおかげだ」ということになっていたと思います。
P101

試験の問題と同じで、どこから間違えたのか、それを追求しなければいけないんです。そうしないと、次にもまた同じ箇所で間違いを犯してしまうことになります。
P111

(以下はサリン事件の被害者をインタビューした本「アンダーグラウンド」に対する対談「『アンダーグラウンド』をめぐって」から)

つまりね、話をしていても、相手にわかってもらえないと話が続かんわけですよ。わかってもらえないと、気持ちはでてこないのです。
P210

「日本人、ようやっているなあ」という感じがすごくしました。
P211

僕が「いやになりませんか」と訊くと、「ほかの人もみんなやっていることですから」という答えを返す人が多かったです。そう思わないとやっていられないということもあるんでしょうが。
サリンを吸ってふらふらになっても、大多数はそのまま会社に行っています。とにかく我慢強い。
P211

ひとつは会社というのはこっち側のシステムであり、そこには一種宗教的な色彩さえある。こういう言い方をすると問題があるかもしれないけれど、そこにはある意味ではオウム真理教のシステムと通底している部分があるかもしれない。実際に被害者のサラリーマンの中には、自分だって同じ立場だったら命令を実行していたかもしれないと告白した人も何人かいました。
もうひとつは「いや、それはぜんぜん違うものだ。こちらのシステムはあっちのシステムとは異質のものだ。一方が他方を包含して、その間違った部分を癒していけるんだ」という考え方です。
P212

ただね、一神教の人は定義しやすいんです。神様が悪と言うてるのが悪なんだから。ところがその一方で、一神教の人たちにも困ることがある。それは、「じゃあどうしてその唯一最高の神様は、この世界に悪をお造りになったのか」ということです。そういわれると一神教の人たちはすごく困ります。ところが我々みたいな多神教の人間は、こっちから見たら悪やけど、こっちから見たら善やとか、いろいろ言えます。
(中略)
善悪を二つに割ってしまって、これは善、これは悪というのは、へたをすると危険なことになります。善が悪を駆逐するというか、そうすると善は何をしてもかまわないということになってしまいます。それがいちばん怖いことです。
(中略)
悪のための殺人って非常にニーズが少ないです。それに比べると善のための殺人というのはものすごく多い。
P213

ある年齢より高くなると、「絶対にオウムは許せん!」という人が多くなるということでした。そういう人たちはオウムのことを「あいつらは絶対的な悪だ」と捉えています。でも若い人たちになると、そうではない。二十代から三十代にかけては、「あの人たちの気持ちもわからないではない」という人がけっこう多かったです。もちらん行為そのものに対しては怒っているんですが、動機についてはある程度同情的だったです。
P214

この事件を解いて行くには、結局もっと地面に近いところに蝟集している「本能的なコモンセンス」みたいなのが大きな力を持っていくんじゃないかと思うんです。
P215

クライアントの人に会ったときに、どこかひとつ好きなところが見つけられなかったら、会うのをやめたほうがいいと。
P217

責任を引き受けるということもあります。それから心の隙間に入ってきますからね、好きというやつは(笑)
P218

相談できる人がいないというのは、ものすごく大きなことだと思いました。
P221

日本人は異質なものを排除する傾向がすごく強いですからね。もっとつっこんで言えば、オウム真理教に対する世間の敵意が、被害者に向かうんです。
P222

昔は死に関するストーリーがいたるところにありました。この世なんていうのはそもそも大変なんだから、死んでからどうやってハッピーになれるかと、そればかりだった(笑)。
P225

キリスト教の宣教師が来たとき、彼らは「こんなに扱いやすい国はない」と思いました。ものすごくたくさんのキリスト教徒が生まれるであろうと。でもぜんぜんそうではなかった。こちらに何かがあるから、簡単には染まらないんです。その持っているものを見ていくと、それはすごくポジティブなんです。ポジティブに安心できるところがあります。
P227

それは地下鉄サリン事件で人が受けた個々の被害者の質というのは、その人が以前から自分の中に持っていたある種の個人的な被害のパターンと呼応したところがあるんじゃないかということです。
P229

(以下は「約束された場所で」に関する対談「「悪」を抱えて生きる」から)

オウムの側の人が共通して持っている問題意識みたいなものには、かなり強く興味を引かれたと言っていいと思います。
(中略)
逆に『アンダーグラウンド』で取り上げた被害者側について言えば、問題意識の持ち方よりは、逆に問題そのもののプロセスの仕方に興味を覚えました。その両者がかなり多くの同質の問題を抱えながらも、異質な意識を持って生きているということが、身にしみてわかったような気がします。
P231

全部きれいに説明がつくというのが、この人たちにとっては大事なんですね。
そうです。でもね、全部説明がつく論理なんてものは絶対だめなんです。僕にいわせたらそうなります。そやけど、普通の人は全部説明できるものが好きなんですよ。
P239

勝って勝って勝ちまくるときがありますよね。そういうときには「負ける気がしない」と言います。絶対逆転できないような状況でも、「どうせ俺は勝つ」と思っていると、心の中がすごく安定していて、ちゃんとそのとおり勝ってしまうんです。ところがいったんそれが駄目になってくると、今度はどうやっても這い上がれません。でもある時期、人間にはそういうふうに冴えて冴えて冴えまくることがあるんです。
(中略)
人間「冴えてる」という時期はたしかにあるんですが、それを喜んだ人は全部駄目になりますよ。
P240

ところが何も悪いことをするはずがないような人間がいっぱい集まってくると、ものすごう悪いことをせんといかんようになるんです。そうしないと組織が維持できません。
(中略)
だから自分の悪というものを自分の責任においてどんだけ生きているかという自覚が必要なんです。
P244

つまり我々はそもそもみんな悪から出てきているということですね。
そうそう。だから「お前、なんぼがんばったところで、人間の力ではしょうがないんやで」ということになります。キリストはそのために十字架にかかってくれたんだ、というふうに持っていくわけですね。そういう点ではあれはやっぱりすごい宗教です。
P245
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